杖術の「影踏み」(こういう動きです)はまず右手を前にして突いて、それから左手を前にして突くわけだけど、なんというか、体の右側を突いて左側を突くという動きだという感覚が出てきた。うーん、やっぱり書いてみると同じことを言っているだけなのだけど、今までは左右を突くといっても体(胴体)ごと右を突き、左を突くという感じだったのが、胴体を左右の中心に置いて、右側を突いたり左側を突いたりという感じに変わってきた。
胴体ごと左右を突くというのはどちらかというと剣道から学んだ動きのような気がする。もっと専門的に稽古している人はまた違った動きをしているかもしれず、剣道の動きがそうだというつもりはないけど、自分が学んだときのフィルターを通すとそうなるということですね。
なぜ最近になってそういう感覚が出てきたかというと、太極拳(これは学んだわけじゃなくて本をみていろいろやっていた時期があったわけだが)の動きの解釈として、相手を崩して防御も反撃もできない状態にしたところを打つという考え方が標準っぽいのだけど、相手を自分の側に崩して、倒れてくる相手に対して、自分が体を固めて当たれば打撃と同様の効果と言えるのでは、みたいな思い付きがあって、その影響だと思う。
あとはこの辺の感覚が正中線とかそいうのに繋がっていく気もしなくもないけど、イメージが先行するとあまりいいことがないだろうから、あまり考えないでおく。
先日整形外科に行って話を聞いてきたところ、こういうことのようだ。
1. もともと以下のような原因がある
* 仙骨が小さく、腰椎に似た形をしているので腰に負担がかかりやすい
* 右側に負担のかかる姿勢をしている
* 加齢に伴う筋力の低下
2. 背骨が左右に曲がっている。また一部はその姿勢に合わせて石灰化している
3. (ここは僕の補完)そのため腸腰筋群が引っぱられて緊張状態にある
4. 大腰筋が痛くなる
腰や脚が痛い件まとめ
高柳さんが稽古会で見せてた座ったり立ったりする動きをもとにいろいろ試している。床から立つとなるとけっこうしんどいが、体重を左右の足で支えられれば驚くほど楽に立てる。実家も結婚してから住んでいる部屋も畳の生活なのだけど、30年以上立ったり座ったりしていても気付かないのだから格好悪い。
楽に立つためには体重を左右の足に(感覚的には)均等に割り振る必要があって、さらに前後のバランスとか、具体的に文章で表現するのは難しいが、とにかく立ちやすい状態というのがある。単に動作として考えると、立ちやすい状態を作るように座り込んで、そこから立つということになる。最初にこれができたときにはずいぶんびっくりした。
もうちょい実用を考えると、適当に座っている状態から、楽に立つことはできないか、ということになる。楽に立つための状態を考えると、いろいろ条件はあるにせよ、意識できるのは腰の角度で、「骨盤を立てる」とか表現してはいるけど、実際の関節がどうなっているのかはよくわからない。とにかくその姿勢に持っていければ楽に立てる。ところが座っている状態から腰を立てるのはけっこう難しい。
最終的には「カンタン古武術だっこで育児がグンとラクになる」の1項目の、寝ている状態から一旦足を上げてから立つ方法が参考になった。足を上げてもなかなかいい感じで立てなかったのだが、足を上げるのを利用して腰を立ててしまえば楽に立てる。同じように、座っている状態からも足を上げて腰を立てることで楽に立てる。
それで今取り組んでいるのは、座卓があったりして充分に動くスペースがないときに、楽に立ったり座ったりする方法。なかなか難しい。
床から立ち上がる方法は正座から(剣道の)作法っぽく右の膝を立ててから立ち上がるバージョン、足を伸ばして座椅子にもたれているところからうつぶせになるようにして立ち上がるバージョン、うんこ座りしているところから内股になるようにして立ち上がるバージョンなどが出てきて面白い。どの場合でも左右の足に(主観的に)均等に重みがかかるようにして、楽に立ち上がることを目指す。
あと壁を押す稽古(壁を押す力は水平だが、不思議なことにその力に対応して、床に垂直に重みをかけるというか、壁を押す力を流すというか、そういう感覚になる)をしてたら1歳10ヶ月の息子が真似をしていて面白かった。そうそう、壁を押す場合であれば、手にかかる力、立つ場合であれば体重かな、を腕や胴体を経由して足まで流すという感覚でやってたけど、たぶんそれは適切ではないと思うようになった。特に腰を経由するという感覚がまずそう。力はワープしていきなり足の裏に生じる。
続・床に座ったり立ったりする話
Winny開発者・金子勇さんが死去ということだけど、P2Pのイベントで一度お会いしたことがあった。と思う。どうも記憶が曖昧なのだけど。P2P匿名掲示板「新月」はWinnyの設計を参考にしている。といっても「Winnyの技術」はまだ刊行されておらず、2chでWinnyの動作がこうなっているという考察がいろいろあったのでそれをもとにしている。
そして当時から疑問であり、未だに解決していないのがP2Pの定義である。いちおうWWWと電子メール(SMTPとPOP3のネットワーク)はP2Pではなく、WinnyとかSkypeはP2Pであるということになっている。とはいえWWWも世界中にHTTPサーバーがあって縦横無尽に通信しているわけだし、電子メールに至っては個々人のワークステーション宛に電子メールを送るという運用もあったみたいだし、個人がPOP3でメールボックスにアクセスするとすると、そのメールボックスはSkypeでいうところのスーパーノードだろうという気がする。というようなことから考えると、P2Pだと呼ばれるものと、そうでないものはそれぞれあるが、どういう基準によって分かれているのかとか、P2Pの定義が何であるのかというのが、未だに僕には理解できない。
あと特定のサービス、例えば動画共有サービスについて、P2Pを用いることでコストが削減でき、ビジネスとして進めやすいのではないかというような議論があるのだけど、僕はあまりそうは思わなかったし、今に至ってもあまりそういうサービスは一般的ではないように見える。というのもP2PではユーザーはPCの処理能力とか回線とかをいわば物納・物々交換的にサービス使用料として使っているので、だったら普通にお金で使用料を払えばいいのではにかと思う次第。一方で回線とか、特にPCの余剰能力を生かしてお金に変えるというのはあっていいと思うのだけど、実際のサービスとして存在するのかどうかは知らない(お金が絡まなければSETI@homeとかある)。余剰能力とはいえ使えば使うほど機材の寿命は縮むし、電気代もかかるわけで、どのくらい黒字になるのかわからないが、うまいことすればそれで稼いだお金を別サービスの使用料として使うこともできて、現代社会がお金を使う仕組みになっている以上、物々交換ではなく一旦お金に変換する方が自然ではないかと思っている。
Winny開発者・金子勇さんが死去
GoogleもRSSリーダーから撤退するとのことで、残念ながらRSSリーダーは普及しなかったというのが実際のところでしょうね。このブロマガという仕組みは、RSSも配信しているし、メールでも配信しているというのが独特のところで、RSSが普及しなかったという歴史から考えて、更新がメールで届くという仕組みがどれだけユーザーの心を掴むのか、ブロマガを超えて普及していくか、みたいなのには興味があります。
RSSリーダーには長所があり、しかしユーザーにとっては新しい概念なので受け入れられなかったと仮定すると、メールは多くのユーザーに利用経験があることから、受け入れる際の心理的なハードルは低くなるといえるでしょう。もしそうなら普及していくかもしれません。
一方でRSSリーダーにはこれといった長所はなく、したがってメールで受け取ることにも利点はないということもあるかもしれません。僕にとってのRSSリーダーの(Googleリーダーの)長所は未読管理で、各種のサイトの記事(それはたとえば東映がYouTubeやニコニコ動画で配信した特撮動画なんかも含まれます)を1つのツールに集約して、まだ認識していないもの、認識はしたが読んでいないもの、読んだかあるいは読まずに飛ばしたもの、と分けていくことができ、さらにそれが自宅のPCや携帯電話で同期できるという点なのですが、どうもそういうことに魅力を見出している人にはあまり会ったことがありません。メールでもこういった未読管理はできますが、そのことに魅力を見出す人が少なければ、更新をメールで受け取るという仕組みも流行らないでしょう。
RSSリーダー
携帯に電話がかかってきてもその端末でしか確認できないので気づかないことが多い。メールだと手持ちの携帯、タブレット、PCの全てで確認できるので、歩き中とかじゃなければ気づくのだが。一番いいのはdocomoが留守番電話の通知をSMSじゃなくて任意のEメールアドレスに送ってくれることなんだけど、そういうサービスはないっぽいので、Androidアプリでどうにかならないか調べてみた。
マーケットで sms gmail で検索すると、ほぼ同じ画面のアプリがいくつも見つかる。多分1つのOSSから派生したのだと思うが、Androidのアカウント認証の仕組みを使っている SMS Backup + をインストールしてみた。なかなかいいのだが、残念なことにGmailに転送されたメールが受信トレイに入らず、別の端末での通知が受けられないのだった。そういうわけで電話をもらっても気づかないことが多そうである。
と思ったらあれだ。同期先のラベルを inbox にしたらもろもろ解決した。
甲野先生のTwitter で今年は既に禁糖の時期になったというのを知ったので、当日の夜から試しに砂糖の摂取を制限している。制限とかプチとか言ってるのは制限の仕方がかなり緩いからで、例えば朝食はパンなのでそれに含まれる砂糖は食べているわけだし(ジャムはつけない)、料理に使われている調味料はどうなっているか把握してないし、そういえば飲み会に出たときはデザート食べてたし、お菓子をもらったら食べてたりするので、ほとんど禁糖ではない。
甲野善紀(@shouseikan)/2013年02月24日 - Twilog
膝を抜くというと、なんというかカックンという感じだけど、ここで話題にするのは膝と、それに合わせて足首や股関節も含めての緊張を緩めてちょと力を抜く動きです。例えば左側に体重をかけようと思ったら、右足に力を入れて蹴る感じで左側に体重を移すこともできるけど、左脚側の力を抜く(そのあと戻す)ことでも同じことができて、そしてたぶん力を抜く方が速い。
この膝を抜く(脚を抜くといった方がよいかも)動きは、体重を移すときにも使えるし、身体の向きを変えるとか、歩き出したりするときにも使える。扉や引き戸が重いときも、膝を抜くことで力を出しやすい姿勢に切り替えることができる。この場合は膝を抜いて、また支えるというよりは、力を抜いたままで体重をかけるような感じのような気もするが、実際には割と体重を支えていると思う。
歩き出しとか、身体の向きを変えるということでいうと、軸足を中心にもう片方の足とか、あるいは胴体なんかも回ってしまうわけだけど、軸足側を抜くことで、直線的な動きがでてくる。山手線の内側を通る中央線のように、近道ができる。近道ができるのは高柳さんのいう、身体の内側に空間を作る?だったか、そういうのを連想したけど、同じことを言ってるかどうかは知りません。
機縁会の稽古会が8/18(日)と8/25(日)にあるので、参加しようと思ってます。武術というと説明難しいんですよね。僕にとっては戦うとかそういうのってあまり意識してなくて、身体を動かすレクリエーションの1つだとは思ってて、今までできなかった動きとか、知らなかった感覚に気付くとか、そういうのが面白いと思ってやってます。スポーツとかレクリエーションとかいろいろあるけど、武術(体術)のいいところは技をかけてもらうことができて、それで今までにない感覚が得られるということですね。あと大の大人が畳の上で崩されたり投げられたりするのが意外と面白い。
そういえばスポーツの定義(また定義問題か)もちょっと気になるところで、井の頭公園でボートを漕ぐのは身体を動かすレクリエーションではあるけど、スポーツではない印象なんですよね。ボート競技となるとスポーツだけど。僕にとっての武術の稽古は、そういう区分での身体を動かすレクリエーションですね。
膝を抜く話
Windows95の前後では割とデータオリエンテッドな流れがあった気がするけどね。PC9821に入ってた独自シェルとか。
【Windows 8.1カウントダウン】スタートボタンの功罪 - PC Watch
僕は子供の頃旅行が大嫌いだったし、多分動物も飛行機とか新幹線とか嫌いだと思うよ。
ペットの飛行制限、アメリカのエアラインで広がる
町の本屋さんの連合体ならわかるけど、なぜ出版者の連合体が町の本屋さんに肩入れしてAmazonと敵対するのか? 中立であるべきではないのか。
STOP!! Amazon!! ●出版社へ呼びかけ: 日本出版者協議会
吉宗公の場合は死刑判決出たので切腹してくれ、嫌なら暗殺する、という話で幕府の最高責任者自身が立ち会ってると考えたほうがよさそう。ただまあ、武士らしく腹を切れという台詞が印象に残ってるだけで実際にはあまり言ってなさそうではある。暗殺後は病死として処理しているとのナレーションがあった記憶。
Twitter / fukken: @kyojitsurekishi ...