そういえば「剣道の歴史」を買って読んだのだった。「江戸時代に各地で独自の流儀が発達したのが特殊なのであって、その理由がなくなれば技術は統一されるのが自然」というような主旨の記事があって、半分くらいは納得...
そういえば「剣道の歴史」を買って読んだのだった。「江戸時代に各地で独自の流儀が発達したのが特殊なのであって、その理由がなくなれば技術は統一されるのが自然」というような主旨の記事があって、半分くらいは納得した。それでも、なぜその技術を「正統派・正しい剣道」として扱うのかはちょっとよくわからず。しばらくしたらまた読んでみよう。
あんま関係ないけど、剣道だけじゃなくて弓道も、これはもう外野から見てるだけなのだけど、「正統派・正しい弓道」観があるようで、もしかすると道具を使う武道は、単に「○○を使う武道なので○道」という大雑把な括りではなくて、技術が統一されていく何かの理由があるのかもしれない。素手の武道は、柔道とか空手とか、別々の名前がついたから個別に成立しているのかもしれない。
あんま関係ないけど、剣道だけじゃなくて弓道も、これはもう外野から見てるだけなのだけど、「正統派・正しい弓道」観があるようで、もしかすると道具を使う武道は、単に「○○を使う武道なので○道」という大雑把な括りではなくて、技術が統一されていく何かの理由があるのかもしれない。素手の武道は、柔道とか空手とか、別々の名前がついたから個別に成立しているのかもしれない。