思ったことを垂れ流すツール
Twitterなどのミニブログを、 「思ったことを垂れ流すツール」ととらえて、 それをキーワードにしてちょっと考えてみようと思います。
- 印刷物の類い: 障壁が高いなんてもんじゃない
- 静的なWebページ: 今から考えると、それなりに手間
- 昔ながらの掲示板: 挨拶とかあって、やっぱり手間
- 2ch: 典型的な「垂れ流し」ツール。 書き捨てOKだが、自分の書いたことを後から辿れない欠点とも言える。 板の雰囲気、スレッドの内容、前後の文脈をトリガーにした書き込みで、 書くきっかけとしては利点、話題を縛られるという欠点と言える。
- はてなブックマーク: アカウントで縛られるが、後から辿れる。 Webページをトリガーにするもので、上と同様に利点と欠点である。
- Twitter: アカウントで縛られるが、後から辿れる(はてブには劣る)。 トリガーなしでも書ける。
- ニコニコ動画: 書き捨てOKだが、自分の書いたことを後から辿れない欠点とも言える。 動画をキーにするもので、利点と欠点。
このまとめは特に意味はないな。歴史とかも踏まえてないし。 言いたかったのは「思ったことを垂れ流すツール」の環境が整ってきている、 ということです。
んで、一方では「思ったことを垂れ流すツール」を受け入れる 社会的な体制、ルールだとか倫理だとかが整ってないわけです。 サトラレの社会と 似ているかと思ったんですけど、 あっちはサトラレは天才だから、思ったことを垂れ流したとしても、 受け入れざるを得ないという設定で、 こっちは特に天才というわけではないという違いがあるんですが、 とはいってもそれは作品を成り立たせるための都合という側面が強いと思っていて、 だから本質的な違いではないかな。
ネガコメ問題の原因の1つもそのあたりにあると思っていて、 記事をみたときに「これはひどい」と思うのは自然なことだと思うのですよ。 以前であれば「これはひどい」と思ってそれで終わりなんですけど、 「思ったことを垂れ流す」ことによって、「これはひどい」が表に出てしまう。
これに対する現実的な解は 「思ったことを垂れ流すツール」の否定にならざるを得ないのかなと思っています。 「書く前にもう一度読み返して、それが誰かを傷付けることにならないかを判断せよ」 みたいな。 確かにそれは保守的な意味では正しいんですけど、 読み返したりしたら「思ったことを垂れ流す」の否定になってしまうわけで、 つまり進歩がない。 進歩があったとしても、その先に何があるんだかわからないんですが、 現状維持ではつまらないと思うのですよ。