団結とかそのへん
「iPodへの私的録音録画補償金の課金 - Copy & Copyright Diary」の感想として。
権利者とメーカーの調整
はあってもユーザは蚊帳の外に置かれているわけです。
どうすればユーザは「調整」の対象になるかと考えてみると、
「この人を説得すれば全ユーザを説得したことになる」という意味での
「ユーザの代表」があれば、その人も委員会に呼ばれるんじゃないかと。
全権代表といえばいいのかな。
会社だと、社長が委員会に呼ばれて、 「補償金を取るから録音機器の売り上げが落ちるかもしれないけど、我慢してね」 ということで社長が納得して会社に帰ってきて、 「そういうことになったから」と言えば、 社員は納得するでしょ、的な。 ユーザだと各方面で活躍している人や団体はいるのだけど、 全権代表とまで言える人っていませんよね。
ということは議論の場に呼ばれず、いつまでも蚊帳の外になるわけです。 じゃあ団結して誰かを代表として送り込めばいいのかというと、 どうしても内部の細かい立場みたいなのはならされてしまうわけで。 携帯Webのフィルタリングであれば、 フィルタリング絶対反対派もいれば、 自主規制で妥協するのを目指す一派もいるし。
というあたりでいつもわからなくなります。 その辺の意見の集約を機械的にできれば理想なのか、とは思うのだけど、 政治の仕組み自体がそうなっていないっぽいので。 うまく説明できないのだけど、政治を何かの最適化問題のようなものだとします。 各メンバーが入りたいサークルを申請して(第1希望~第n希望)、 全員の希望をなるべく満たすように定員の中で割り振るようなものです。 政治だとこの入力が 「声の大きさ(延べ)」であって「人の頭数」ではないみたいなんですね。 だから声の小さい人の希望を何人叶えたところで意味はなく、 声の大きい人から順に希望を叶えていけば問題解決、みたいなことになっている。 なんとなくですけど、そういう印象になっています。