blog.fuktommy.com

放電コミュニケーションに対する違和感

ロケスタ社長日記:放電コミュニケーションの時代」は 説明としては筋が通ってるんですけど、 一方の当事者としてはどうも違和感があるんですよねえ。

単に自分のために書きたいならデスクトップに「memo.txt」でも作って書けばいい。 それでもインターネット上に書くのは、 誰かに認められたい、反応されたい、という気持ちがあるから。

というのも、まあそれはそうなんでしょうけど、 むしろ「memo.txt」を隠しておく必要を感じないということなんですよ。 外から見えるところに置いておけば簡易バックアップになるし、 外出先からでも見えるし、 場合によっては分類や検索などの便利な機能も使えるし、 誰かに見られて困るものでもないし、と。

以下妄想。 昔は本を出版するというのは大変なことで、 「発信」の強い意思がないとできないことだったわけですが、 それがWebの普及で簡単になってきた。 それでも当初は面倒で「発信」の意思のある人がサイトやブログをやっていたのが、 システムが使いやすくなってきて意思がなくても簡単に使えるようになった、 というのが現状なんじゃないかなあ、と。

Copyright© 1998-2014 Fuktommy. All Rights Reserved.
webmaster@fuktommy.com (Legal Notices)