コミュ強者にならねばならぬ、という人たち
コミュ能力者(=非・非コミュ)と話す機会があったので いろいろ聞いてたんですけど、 能力が高いだけに僕には見えないものがいろいろ見えていて、 それはそれで大変みたいです。
- 場の空気 (それをコントロールする義務)
- 他人の心理状態 (それをフォローする義務)
- 自分の役割 (それを演じる義務)
- 主導権争い (主導権を取る義務)
などなど。
苦労してやってるんだよこっちは、という口調で、僕なんかからすると、
辛いならやめればいいのにと冷めた目で見てるんですけど。
彼らは「オレ理論 - TMMN-DCLab. - 「ワナビーさん」がゆく」でいうところの
ワナビー・コミュマスター
なんでしょうか。
コミュ強者になりたい、自分をコミュ強者だと信じて疑わない
というよりも、ヒトに生まれたからにはコミュ強者にならねばならぬ、
という使命感のようなものを感じました。
そういえば就職の面接でも 「何かリーダーシップを発揮した経験はありますか」みたいな質問があるみたいです。 「コミュ強者にならねばならぬ文化圏」は存在するはずです。
(追記)酒を飲ませた上「愚痴があったら何でも聞くよ」と誘導して聞き出した話、とでも解釈してください。